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読書の旅

私にとって「読書」とは何かを考えます。

望遠ニッポン見聞録(ヤマザキマリ)

エッセイ

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この夏ハマった一冊。
ヤマザキマリさんのエッセイ、「望遠ニッポン見聞録」。
ヤマザキマリさんといえば、テルマエロマエの印象が強すぎて、エッセイを書かれていることさえ知らなかった。
友人が紹介してくれたことで初めて手にとったのだが、これが面白くてドはまりした。
偶然この夏は電車で移動する機会が多かったのだが、電車で読むのにぴったりな本だと感じた。
一つの小見出しで書かれる内容が、一駅の間に読める長さ(※駅の間は差はあれど)で、大変読みやすい。
ただし!一つ危険が・・・(笑)
それは、面白くて吹き出してしまうということ!
何度かこらえきれずにニヤニヤしてしまい、危険な目に遭った( `ー´)ノ
とくに私が好きな話は以下の三つである。
「ぽっとんの闇が生んだ、世界最高峰のトイレ文化」
「キレることが苦手な一億総おしん」。」
「世界を侵略する変な民芸品に注意せよ。」
また、タイトルだけで笑ってしまったのが、
「伊達男は伊太利亜にはどこ探してもおらず。」である。
いろいろな国を渡り歩いていたヤマザキさんならではの視点かつユーモラスな視点でみせる「ニッポン」論とでもいおうか。
日本では大問題と捉えられがちなことでも、お国が違えば全く気にされていないことなど、異国の文化にふれた途端に滑稽に見えてしまうこともあるのだなあと知る。
些細な悩みを吹き飛ばしてくれる一冊であった。
 

はる

京のみち

紀行文 平凡社ライブラリー

紀行文。

 

大好きな京都。京都は行くたびに新たな発見のある場所。

ここ数年、年末年始を京都で過ごしている。

京都の小径を歩いているときに流れる京の時間は格別で。

春夏秋冬―どの季節にも訪れたことがあるが、とりわけ私は冬の京都が好きだ。

 

京都の冬は芯から冷えるような寒さがある。

足の裏からひんやりと床の冷たさを感じながら、ぼんやり庭を眺める時間が私にとっては何にも代えがたい幸福な時間である。

山奥の観光客の少ないお寺さんで、静寂の中、何も考えないで美しい庭を眺めていると、心が浄われたような、心が満たされたようなそんな気分になるものだ。

 

京へ足を運ぶうちに、ふと、京の紀行文を読みたくなった。

たまたま目に入ったのが瀬戸内寂聴氏の「京のみち」であった。

嵯峨野に庵を結ぶ、という点にも惹かれた。偶然にもこれまで私が訪れたことのある場所についての記述が多くあり、情景を浮かべながら読み進めていくことができた。

京の風景をこんなにも美しい言葉で表すことができるのか、私にとっては目から鱗の表現ばかり。

 

なかでも、私が好きな章は、「京の秋」である。

今から三十年も前に書かれている文章であるのに、そこには京のことをほんの少ししか知らない私にも知っている京都があった。

 

詩仙堂は参観者があふれていて、世をすねた人の隠棲の跡にしては静かさがすでに乱されていたが、次第に人々が帰って行き、人の立ち去るにつれてやわらかくどこからともなく黄昏が滲みでてくるにつれ、漸く幽邃な世外らしい雰囲気が漂ってきた。p32」

 

「さっきまで人々に占領されていた縁側近い座敷に坐ると、庭の奥のさつきの刈りこみの樹々が、低く庭の向うにつらなり、海に向かっているような感じになる。縁側のすぐ前に、大そう大きな旧い山茶花の樹が立っていて、枝々をおびただしい白い花が飾り、まるで白炎をあげているような花あかりが、あたりを照らしていた。p32」

 

詩仙堂が30年も前から観光地化していたことも知ったし、何よりこの文章を読んで、庭と対峙した時の自分の感情も蘇ってきた。今目の前に庭が広がっているように錯覚するくらい、鮮明な映像が脳内に流れた。海に向かっているような気分になる不思議な庭だった。

 

京を旅するごとに、紀行文を読みたい。・・・そんな気持ちが沸き起こる一冊であった。

 

はる

 

 

読書感想文

読書感想文と私。

 

小学生の頃から作文を書くことは好きだった。

しかし、こと感想文になると常に苦手意識があった。

当時の私は、作文は自由に書けるが、感想文は制約があるというイメージを持っていた。正直なところ、「どう書いていいか分からない」、そんな思いが心のどこかに引っかかっていたと思う。大人になってようやく感想文とは何たるかが分かってたような気がするので、こんな記事を書く気が生まれたのかもしれない。

 

あくまで個人的な見解であるが、読書感想文とは、本の主題に対して感想を書いたもの、と考える。

第一段階として、本を読み込んで主題を読み取る。

第二段階として、自身の経験と絡ませながら主題への感想を書く。

大切なのは、あらすじと自身の経験の量の配分である。どちらか一方が多くなってもいけない。そこのバランス感覚が重要視される。

 

課題図書と私。

 

課題図書は毎年親が買ってくれたので、課題図書で感想文を書くことも多かった。

大人になって分かったことではあるが、今思えば、課題図書は子どもにとっては、主題の読みとりが難しいものが結構ある。

 

読書感想文と課題図書にまつわる、ざらざらした苦い記憶を少々ふりかえってみたい。

 

小学校一年生・・・「なぞなぞライオン」

何度も読み返した記憶があるが、はっきり言って感想文が「書きやすい」本とは言えなかった。課題図書には丸くてきらきらしたシールが貼られており、幼心にそれは、本の勲章なのかなとも思っていた。課題図書との出会いがこの本だったので、課題図書は難しいというイメージが形成されたような気もする。

 

小学校三年生・・・「ふじ山大ばくはつ」

富士山が噴火したらどうなるのか、他人事とは思えず、恐怖を感じた。今思えばその気持ちを素直に書けばよかったのだが、気取って富士山の自然を守ることをテーマに書いた気がする。

 

小学校四年生・・・「アディオス ぼくの友だち」

たしか、外国から転入生が来る話だったと思う。何を書いたか覚えていないが、この本はこれまで読んできた課題図書のなかでは、「物語」として面白味があり、何度も読み返した記憶がある。

 

小学校五年生・・・「カブトエビの寒い夏」

カブトエビを飼っていた経験と絡めて書いた。このとき感想文には、自身の体験がないと説得力が増さないものだなと感じた。

 

中学三年生・・・「少年は戦場に旅立った」

南北戦争の話。年齢を偽ってまで入隊した主人公が見た凄惨な光景。

この本の記述は大きな衝撃で、先を読み進めるのもつらかった。「戦争の恐ろしさ」なんて一言で片づけてはいけないとも思ったし、命について考えさせられた。戦争が終わっても、後遺症に苦しむ人々にとって戦争は終わっていないことも知った。

 

高校一年生・・・「泣き虫しょったんの奇跡」

高校二年生・・・「荷抜け」

 

これは言い訳にしかならないが、高校生になると、感想文は夏休みの課題となり、受験勉強もあったため、感想文に時間を割くこともあまりなく「課題の一つ」で終わったような記憶しかない。すみません。

 

以上、九月に書いた記事が下書きにあったので投稿してみました。

 

 

はる

 

 

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(村上春樹)

小説

ボブ・ディラン氏のノーベル文学賞のニュースを聞いて、私は、真っ先に村上春樹氏の『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』の一説が思い浮かんだ。

 

「私は目を閉じて、その深い眠りに身をまかせた。ボブ・ディランは『激しい雨』を唄いつづけていた。」

 

読後、脳裏にこびりついて離れない文。衝撃的だった。

 

初めて「ボブ・ディラン」という単語(あえて単語とする)を知った。小説の中にあまりに何度も出てくるものだから、その語感にはまってインターネットで検索をし、そこで初めて実在する歌手の名前であることを知ったのである。世代的になじみも薄く、歌もまったく知らない。だが、村上氏の小説のなかでもひときわ存在感を放っていたことは確かであった。

 

村上春樹氏の小説に出てきた人物が、文学賞をとったようなふしぎな感覚になった。それくらい、この小説の重要な要素であった。

 

さて、ボブ・ディラン氏の話はこれくらいにして。

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドで、気に入っているセンテンスを紹介したい。三年前に文庫を購入したときに、キャンペーンで「ワタシの一行」という付箋が付いてきた。せっかくだから使おうとして、三年前に貼ったものである。いま読み返すとなぜそこに貼ったんだ?というものもあるが・・・

 

1「他人から教えてもらったことはそこで終ってしまうが、自分の手で学びとったものは君の身につく。」(上巻p.173)

 

2「何が僕を規定し、何が僕を揺り動かしていのかを知りたいんだ。」(上巻p.243)

 

3「想像というのは鳥のように自由で、海のように広いものだ。誰にもそれをとめることはできない。」(上巻p.277)

 

4「戦いや憎しみや欲望がないということはつまりその逆のものがないということでもある。それは喜びであり、至福であり、愛情だ。絶望があり幻滅があり哀しみがあればこそ、そこに喜びが生まれるんだ。」(下巻p.260)

 

5「人間の行動の多くは、自分がこの先もずっと生きつづけるという前提から発しているものなのであって、その前提をとり去ってしまうと、あとにはほとんど何も残らないんだ。」(下巻p.282)

 

6「世界には涙を流すことのできない哀しみというものが存在するのだ。それは誰に向って説明することのできない哀しみというものが存在するのだ。それは誰にも理解してもらうことのできない種類のものなのだ。その哀しみはどのような形に変えることもできず、風のない夜の雪のようにただ静かに心に積っていくだけのものなのだ。」(下巻p.393)

 

7「公正さは愛情に似ている。与えようとするものが求められているものと合致しないのだ。」(下巻p.395)

 

日々目の前に降りかかってくることに対峙していると、人間が限られた時間で生きていることを忘れてしまう。自分にもいつか深い眠りに身をまかせるときがくるという当たり前の現実が、冬朝の雪道でつま先から芯まで冷えていくような感覚を伴って、私の中に入ってきた。生きているとどうしようもない哀しみに出会うことがあるけれど、どんなに叫んでも、他人に助けを求めても、その人自身が乗り越えていかなければならないものでもあるんだなあとも思った。人間は一人で生まれて一人で死んでいくのだなと、しみじみと感じた。そのときがくるまで、ちょっと人生悪あがきしてみるのも悪くない。

 

はる

湊かなえさん講演会

湊かなえ 小説 東京国際ブックフェア

 東京国際ブックフェアに足を運んだ理由の一つに好きな作家さんの講演会の開催がありました。

 

人気ミステリー作家の湊かなえさん。

【大ベストセラー『告白』はこうして生まれた!】

登壇者:湊かなえ氏、双葉社の営業局長・川庄篤史氏、同文芸出版部副編集長・平野優佳氏。

 

 当ブログでも、湊かなえさんの「望郷」について書いた記事のアクセスが一番多く、湊かなえさん人気の高さを感じます。先日「望郷」が、テレビ東京でドラマ化されたことも大きいようですね。検索ワードの多くは「白綱島どこ?」など、白綱島の場所を検索したワードがが多くを占めます。

 

講演会で湊さんが語った思いと現実のギャップが面白い。

皮肉なことに、湊さんが告白を書いたきっかけは、絶対に「映像化」しない作品を作りたかったから。←バッチリ映画化済。

そして、小説を書くにあたり、物語の中に自分を置いていただきたいから地域は限定しない。・・・ん?この前提でいくと、白綱島を直接ご自身の故郷とせず、あえて架空の島にしたのもこのような意図があってのことだと感じました。

 

 さて、ここからは講演会の内容を記述しますが、メモを元に再構成しますので、ご了承の上、お読みください。湊さんはユーモアがあって、天然?とっても面白い方でした。本がどのようにして生まれ、私たちの手元に届くのかといったこともよくわかる講演でした。印象に残った『告白』誕生の秘話を3つのトピックスでお伝えします。

 

1.映像化できない作品を作りたい

 湊さんが『告白』を作り始めたきっかけは、30歳を過ぎて何か始めたい!と思ったこと。パソコンを持っていたから、シナリオを書こうとした。しかし、東京のテレビ局のシナリオを書くということは、淡路島在住という地方在住にはハンデがあることを感じる。地方に住みながらできるのものは何か。・・・そこで思いついたのが小説を書くことであった。シナリオの勉強をしていたときにセリフは三行以内という知識があったため、映像化できない作品を作ろうと決心。短編一本分しゃべってやる!ということで、『告白』の「聖職者」が誕生。小説推理新人賞に応募した。

 

編集担当になった平野氏のコメント。

「一行目でこれやりたい!」すごい人がいる、やっと会えたね!と思えたそう。なんと送られてきた原稿は最後まで句読点がない。平野氏は、湊さんが素人だからなのか、自覚があってこうしたのか分からなかった。

 

湊さんはこれに対し。

「聖職者」は、原稿用紙100枚分あったが、応募規定は80枚であった。そこで、要らない文を削る→改行をなくすといった方法で80枚まで減らすも、自分のパソコンでは80枚だけど、パソコンによって違って規定をはみ出したらどうしようと心配になり、句読点を消去して78枚にした。そのような訳で、句読点のない文章が完成したとのこと。

 

 

2.幻の3章

 「聖職者」が本になることになり、留守電に「編集担当になりました平野です」とのメッセージが入っていた。そのとき、編集って何?というくらい本作りのことは分からなかった湊さん。ゲラが送られてきて、赤鉛筆で「トル」など朱を入れる作業も直接ゲラに書き込んでいいのに、恐れ多くて、すべて付箋に書いて貼ったらしい。授賞式で初めて編集者の平野氏と出会い、「あの続きはどうなったの?」ときかれ、帰りの新幹線(東京→新神戸)3時間で2章が完成した。

 受賞作「聖職者」が世に出た後、ネットでエゴサーチしてみると、「人格ひどい」などと否定されていたり、自分の周囲の人も見ることを考え、人の目を意識してしまった。そこで、続く3章は加害者と主人公が和解する話。「先生は僕のことを見てくれているんだ」的な結末を書く。すると、担当の平野氏から「こういう作品はほかの人が書けばいいんです!」とお叱りの電話。3日間で、3章を全て書き直し、最初に書かれた3章はお蔵入りすることになったのであった。

 

 

3.湊かなえプロジェクト

 平野氏の熱さに圧倒され、営業の川庄氏は湊かなえという新人作家を世に売り出すために湊かなえプロジェクトを始動。年間7万6000冊、月にして6300冊、日に250~300冊もの本が世に出るなかで、埋もれてしまう危機感。とにかく本を売るには、初動が大事!書店も売れる本を置く。そこで、川庄氏は、ゲラを信頼関係のある東京と大阪の書店員さんにわたし、感想を言い合う場を設ける。タイトル、想定、帯、店頭ディスプレイ・・・。装丁も時間をかけて話し合った。机の向きをどうするかで一時間話し合ったとのこと。発売前、書店では出だし16行を書いたチラシをまるっと一棚使って置いてくれる。初版は異例の1.6万部!!!(通常は4000~5000。)その後、王様のブランチでの紹介、文春のミステリーで1位獲得、本屋大賞も受賞し、映画化決定など、うなぎのぼりで販売部数も伸びていく。文庫化も通常は3年たってからが多いが、映画化が決定したので、スピード文庫化。映画公開前に100万売る目標を立て、初版26万部。80万分の宣伝費をかけ、映画公開時には270万部売る。

 

「映像化できない作品」を目指して書いた『告白』の映像化について湊さんは、「巻き込まれたらそのまま巻き込まれてしまえ!」ということで、脚本に口出しもせず、大好きな中島監督にすべてを託す。初めて映画を見た時には号泣したそう。

 

※ちなみに湊さんは、家に本が届くまで装丁を知らなかった!←

本のタイトルは、平野氏から「私が装丁家さんの家に着くまでの20~30分の間に3つ候補を出して!」の無茶ぶりのなかで、考えたらしい。

 

 

***

 湊さんはこの講演会に一人ではなく、編集者さんと営業担当さんと出たのは、『告白』の話がどうできたのかということばかり聞かれるが、自分ひとりで生まれたのではないというメッセージを読者に伝えたかったからのようです。最後に、こんなこともおっしゃていました。昔、理科の先生が言った「炭素を磨けばダイヤモンドになる」を信じていたそうで、その話にかけて、私の原稿は炭ですが、読者という摩擦で化学変化が起きてダイヤモンドになる。また、担当編集者さん、営業さんなど、「いかにいい人と知り合えるか」とも仰っていました。

 

湊かなえさん、来年でデビュー10周年ということで、感謝の意を込めて、47都道府県でサイン会を開くことを発表され、閉会。

 

 私が『告白』を手に取ったのは、読書好きの友人に本屋大賞をとった面白い本があるよ、と勧められたからでした。初めて出会った湊作品の秘話をこうして聞くことができ、大変楽しいあっという間の一時間でした。これからも湊作品を読んでいきたいと思います。

 

はる

図書館・出版シンポジウム

東京国際ブックフェア

東京国際ブックフェア2016 図書館・出版シンポジウム

図書館で本を選ぶ、ということ」ー図書館人・出版人 選書について語る―

 

2016年9月24日(土)午後1時30分~3時30分 於 東京ビックサイト 会議棟703

 

【パネリスト】

図書館より

藤井 慶子氏 (東久留米市立中央図書館 図書館専門員)

長田 由美氏 (長崎市図書館 総括責任者)

内野 安彦氏 (元塩尻市図書館長、元鹿嶋市立中央図書館館長)

★出版社より

下中 美都氏 (平凡社社長)

持谷 寿夫氏 (みすず書房社長、日本書籍出版協会図書館委員会委員長)

 

 

【シンポジウム内容】

どのような「本」がどのようにして選ばれ、図書館資料として蔵書され、利用されていくのか。

公共図書館の蔵書は、児童・一般・地域とほぼすべての出版分野にわたり、学校図書館との関係も視野におけば、出版側からの注目はさらに高まる。

利用者の要求も多様化し、サービスも進化している現在の図書館での選書の実態を知り、理解を深めることにより、読者=利用者のためのより良き図書館の有り様を探る。

出版界が聞く図書館での本選び。

 

 

【シンポジウムの流れ】

挨拶→パネリスト紹介→図書館から報告→出版側から聞く、選書への質問→閉会

 

***

ここからは、メモを元にブログ記事にするため、パネリストの言葉そのものではありません。二時間のシンポジウムは内容も多く、すべてはお伝えできません。印象に残った話をピックアップいたしますので、そのあたりをご了承のうえ、お読みください。

***

 

図書館からの報告】

①藤井 慶子氏(東久留米市立中央図書館)

東久留米市は東京!(福岡と勘違いする人が多いので)

☆選書の実際☆

 <選書ツール>

  ・新刊案内、書評紙

  ・書店(分野によって使い分ける)

  ・クチコミ(SNS←最近ではこれも大事にしている)

 <選書の流れ>・・・3段階あります!

  ・毎日・・・システムで入力、予備選定

  ・週1・・・通常選定、リクエスト本の購入

  ・月1・・・部門別選定

☆リクエスト☆

  どこまで応えるのか。流行本は類書のオンパレード。

  数年経ってブームが去ると貸し出しも減り・・・

☆相互貸借☆

  膨大な事務量で負担は大きいが、利用者は研究者が多い。

  その町の利用者が一定期間、借りられなくなるのはいかがなものか。

☆人口の8割は未利用者☆

☆選書する私☆「得意」「不得意」を自覚。好みが偏っていないか。

☆除籍も重要な選書☆

  地域共通の一冊を残すTAMALASという取り組み。

  *除籍しようとしてラスト1冊だった場合どうするのか・・・

   →規定だと残さねばならないが、本当に図書館で所蔵すべき本なのか。

  他の多くの自治体が持っている場合、それは図書館の基本書なのでは?

  担当が変わると、リセットされてしまう。

☆「本」=「人」である。

  →出会わせるために図書館があるか。

 

 

②長田 由美氏(長崎市図書館)

・県庁所在地の図書館では、一番最後の2008年に開館。

☆本を買う人と借りる人は別の人☆

☆ベストセラーの複本☆

 貸し出し冊数が重視されているが、新しい指標はないか。

  ベストセラー本はブームが去ると・・・

  同じ本を複数買うお金でほかの本が買えたのではないかという悩み。

図書館は過去からの人類の英知を集約する場所。☆

  常に著者への敬意を忘れない。

 

 

【出版側からの質問】

☆選書会議について(回答:藤井氏)

  図書館が長時間開館するようになり、様々な業務で多忙。

  毎日隙間時間を見つけて、システムに入力する。

  *会議のメンバー?

   →児童、人文、レファレンスなど主だったジャンルの代表。

  *時間は?

   →半日、丸一日かかる。

  *既刊書のリクエストがあった場合どうするのか。

   →発売時点で買わなかった事実がある。大きな図書館から借りる?

  *選定は基本的には新刊?

   →これから出る本もあるが、月1の部門別会議では既刊書も選定。

  *除籍の基準は?

   →10年間の貸出率。少なくて古いものから。

  *選書で高額と感じるのはいくらから?

   →3800円、5000円、ひどいときは2000円も・・・驚きです。

  *地域資料を集める。

   →市民ができるだけ多くの資料にアクセスできるように。

    入手しづらい本は何なのか、書店でリサーチ。

 

 

③内野 安彦氏

社会教育施設職員としての意識が大事☆

☆なぜ図書館員は出版業界全般の動きに関心がないのか☆

☆出会いたかった人と本が出会えたのか☆

 →役所は貸し出し冊数至上主義になってしまっている。

  本が必要としている人と出会えるように演出。

☆「利用者」を知る前に「市民」を知ることが必要。☆

 →ヘビーユーザーの嗜好を反映しすぎていないか。

図書館を知ってもらうために何をすればよいか。☆

図書館員にとっての選書と矜持☆

 

 

【まとめ】

図書館員お三方の報告に共通していたのは、「選書」が「利用者」である「市民」にとって、有益なものになっているのか、偏ってはいないかといった図書館員としての忘れてはいけない視点を大切にされていること。ごく一部の「利用者」の意向ばかりでなく、「市民」全体にとって地域のなかで、図書館の役割=英知の集約の場所を果たしているのか顧みる必要があること。図書館は本を人と出会わせる場であり、貸出率に左右されずに、本当に「市民」が求めている本と「市民」が出会えているのかといった点検も必要であること。・・・図書館員の方の矜持を垣間見たシンポジウムだった。

 

一方、出版側は何をすべきか。出版不況が叫ばれる中、図書館が選書し購入することは、高額な学術書などの販売には欠かせないものと思う。出版側も図書館を利用し、選書から出版のヒントを得てもよいのではないだろうかと感じた。例えば、図書館員の長田氏が仰っていたが、学校の調べ学習で使う本はどんな本が実際に選ばれ、重宝されているかを現場のレファレンスなどに聞くというのも一つの手であろう。

 

厳しい出版業界において、図書館と出版という二つの異なる立場が相互に情報を共有し、「読者」が求める本と「読者」とを出会わせる役割を担っていってほしいと願っている。

 

はる

東京国際ブックフェア

東京国際ブックフェア

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10月になりました。読書の秋の本格的な到来ですね。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

先週の土曜、日曜と有明のビックサイトで行われた第23回東京国際ブックフェアに行ってきました。
言ってみれば日本最大の本のお祭りといった感じでしょうか。
今年から開催のコンセプトが変わり、「読者」も来場できる「読者」に感謝する会のようなものになったようです。

目玉1★470社が100万冊の本を展示販売。それらを特別価格で購入できます。
目玉2★人気作家の講演会、本や出版について知るセミナーの開催。


ブックフェアの存在を知ったのは、本屋に置いてある「これから出る本」という冊子の裏表紙の広告でした。
早速、ブックフェアのホームページにアクセスすると招待券が必要とのこと。必要事項を入力すると、「招待券」が後日郵送で送られてきました。


当日は、受付でこの招待券を入場者バッジと交換します。入場者バッジは一度登録すると3日間有効です。
招待券に身分を明記するか、名刺を二枚持っていきます。名刺の場合は、一枚を入場者バッジの下に入れておきます。
開催者側は、このデータを元に来場者数を算出しています。
バッジの色は、オレンジが読者、緑が図書館・教育、青が出展社や出版印刷でした。


三日間の来場者数は37653人で、土曜日が13968人と一番多かったようです。詳しくはこちらから↓

http://www.bookfair.jp/RXJP/RXJP_TIBF/documents/2016/TIBF16_TAC16.pdf


今回ブックフェアに足を運んだのは、4つの目的がありました。
①人文書を安く手に入れる。
②新しく出た児童書をチェックする。
図書館出版のセミナーに参加する。
湊かなえさんの講演会を聴く。


①ほとんどのブースで2割引きで購入できます。
犬も歩けば出版関係者にあたる状態。重役の方がブースにいらっしゃるところもありました。
人文書では、平凡社勁草書房吉川弘文館国書刊行会みすず書房創元社・・・を中心に回りました。岩波書店がなかったのは残念ですね。
辞書では三省堂、小説などの文庫は、河出書房新社、光文社、集英社などを見て回りました。イベントブースに筑摩書房もありました。

平凡社のブースでは別冊太陽や平凡社ライブラリーを、土曜は2割引き、日曜の15時以降には3割引きで購入しました。
日曜の夕方に行くと、3割引きのブースも出現しますが、絶対に欲しいと思った本は早めの購入をおすすめします。
私自身、土曜に欲しかった本が日曜の夕方にはなくなっていた、なんてこともありましたので。



②児童書ブースは子どももたくさん来場。
大人が読ませたい本とは別に、子どもが熱心に開いてみている本が子どもの興味がある本なのかなという目線で見て回りました。



私が見ているポイントと、皆さんが欲する情報は違うかもしれませんが・・・ブックフェアの概要はこんなところです。
洋書バーゲンコーナーもあり、7割引きなどかなりお得でした。来年も洋書バーゲンがあったら本腰を入れてお宝を探したいなあ。
次回への宿題です(笑)

③、④については別の記事で書きますね。


はる