読書の旅

私にとって「読書」とは何かを考えます。

手のひらの京(綿矢りさ)

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ーなんて小さな都だろう。まるで川に浮いていたのを手のひらでそっと掬い上げたかのような、低い山々に囲まれた私の京。(p.147)
 
綿矢りさ『手のひらの京』
 
 おっとりした長女・綾香。
恋愛に生きる次女・羽依。
自ら人生を切り拓く三女・凜。
 
物語は、東京で就職したい(京都を離れたい)三女の凜を軸に、凜→羽依→綾香の順(繰り返し、最初と最後は凜)で話が進んでいく。冒頭の引用は、凜の目線で語られた言葉である。
 
「結婚」が長女の至上命題で、「恋愛」が次女の至上命題、「上京」が三女の至上命題。京都というまちで、一つ屋根の下で暮らす奥沢三姉妹それぞれの機微が丁寧に描かれている。
 
読み進めながら、凜は、綿矢さんがいちばんご自身を投影した登場人物なのではないかと感じた。京都に生まれ京都で育ち、結婚をして東京に住むことになった綿矢さんならではの故郷京都を想う気持ち。ただ好きな場所として描くのではなく、東京に出たからこそ分かる?京都ならではの閉そく感も描き出したかったのかななどと思った。
 
結婚後初の単行本だったと思うけれど、これまでの綿矢作品にはあまりなかった料理のシーンも。凜目線のパートでこんなシーンも。「私も主婦として定年を迎えます”・・・(中略)・・・二度と食事は作らないという母の宣言だった。」なかなかにセンセーショナルな響き。毎日三食料理を作らねばならない母の大変さがにじみ出ている。
 
凜の心の動きがこんな情景描写にも表れる。
「どこまでも広がる空は柔らかさを残したまま夕方を迎え、玉ねぎを炒めたきつね色に変化している。デミグラスソース色へと変わってゆくさまは、自転車に乗りながら眺めよう、と決めて凜は立ち上がった。」
この表現は京都の空を眺めながら、上京を決意する凜の気持ちが表れているように感じた。この例え方こそ、「綿矢りさ」さん!という感じで、私は大好きだ。
 
綿矢さんの小説は、彼女の歩みとともにあるというか、情景描写なんかは「蹴りたい背中」から変わらぬ綿矢スタイルだと思うけれど、物語の主題が綿矢さんが書いているときに問題意識を持っているものをものすごく反映しているというか・・・だから、目が離せない作家さんなんだあと思った。
 
京都新聞の記事によれば、昨年末には男の子も出産されているそう。いつかママ友とか子育てのことも入った小説も読めるのかなと期待している。
 
大好きな京都を、大好きな京都出身の綿矢りささんが描いたらどんな風になるんだろう。ひそかに、綿矢さんが描く京都を楽しみにしていた私にとって、装丁も帯もまるっと手のひらで包み込みたくなるような一冊。
 
本の帯には、「京都の春夏秋冬があざやかに息づく綿矢版『細雪』」近代文学好きにも谷崎ファンにも手に取ってもらえるようなキャッチコピー。この冬は、じっくり『細雪』を読もうかなぁ。『細雪』と比較してみるのも面白いのかもしれない。

 
はる